2007年2月12日月曜日

タイムアタックを考える


世のゲームの中には、タイムアタックというものがある。

ゲーム好きの方には説明は不要だろう。
特にアクションゲームやレースゲームに多いが
「規定時間内にそのステージをクリアする」とかいうアレである。

私はこれが結構好きなのだ。


好きな理由は色々ある。
この手のモードは本編後のお楽しみに用意されてる事が多く、よってたいてい難易度が高い。
しかし難しい分だけ、クリア出来た時の快感は大きい。
ステージクリアが最低条件な上に時間制限がつくので、洗練されたプレイを求められる。
というより時間内クリア出来るという事がすなわち、必然的に洗練された華麗なプレイだという事だ。
「私って天才じゃなかろうか」と勘違いさせてくれるあたりも好きである。

しかし私が一番好きなのは、
始めで手間取って「こりゃ今回はダメだなーでも練習になるしこの先もとりあえず進んでみよう」
とか思って続けていたらなんか制限時間に間に合って

「お!こりゃもしかしてなんとかなるかもしれませんよ先生!」
 というどんでん返しの瞬間なのである。長い瞬間です。しかもまったく洗練されてない。


タイムアタックにはコツがある。

と書くとなんだか偉そうだが、私なりの心構えというのがあるのだ。
まず大雑把に頭の中で全体図を思い描く。
そして自分の進むルートや方法をある程度イメージしておく。
上記の準備は基本的に必須なのだが、でも完璧すぎてはいけない。

そしてここからがポイントなのだ。

途中で失敗しても立ち止まらない。タイムロスしてもすぐ終了やリトライボタンを押さない。

「気にせず最後まで続ける」のである。


えー、突然余談です。

今思えば、なんでそんな事でアンタと、笑ってしまうのであるが、
私は18歳の頃、ある事で絶望し、思い詰めていた。

自分の人生にどうしても欲しいものが、これだけは諦められないものが、
永遠に手に入れられないだろうと「予測」したからである。



えっと何だっけ。…話を戻そう。
さっき完璧すぎてはいけないと書いたのは
あまり完璧すぎるルートにこだわっていると
ミスした時自分がフリーズしてしまうからである。なんつっても心弱いのである。

第一クリア云々より、ゲームが楽しく感じられない。
実際タイムアタックをどうにもクリア出来ない時というのは、
ミスを気にするあまり次も凡ミス、ムカッ…すぐ終了&リトライ、
その繰り返しでもうイヤーン…のパターンであった。

そして面白い事に、クリア出来た時の多くは私の場合、上に書いたように
「こりゃ今回はダメだなーでも練習になるしこの先もとりあえず進んでみよう」のパターンが大半なのだ。

たとえクリアはダメでも、惜しいタイムで俄然やる気が出たり。
ひょっこり、もっといいルートを発見したり。
なにより文字通り後半エリアの気楽な練習になるので、
次はあっさりクリア出来る事も多い。


用意された規定のタイムをクリアしたら、その後は「過去の自分」が待っている。
次こそは、完璧を求められる世界。
しかし、気にする事は無い。やり方は何も変わらない。
さっきクリアしたのは「自分」であるから。

追いつけばいいのである。追い越せばいいのである。



ところで。
18歳の頃欲しかったものを、気がつけば私は持っていた。

その頃想像していたものとは少し違うけど、なんでだか今持っているのだ。



あの時続けて良かったなあ。終了ボタンを押さなくて良かった。


バナナの皮ですべろうと、上からタライが落ちてこようと。

おけおけ、どんまい、気にすんな~♪

さ、今日も行けるとこまで行ってみっか。



本日の一曲:「IT'S ALL RIGHT」 佐野元春

  

2007年2月10日土曜日

ゲーマー誕生


私とゲームの出会いは古い。トシもトシなのでホントに古い。

世にインベーダーゲームが流行った頃、小学生だったか中学生だったか。
私はちょっぴり不良だったので、喫茶店で友達と遊んだ記憶がある。
少し大きな不良になったら、ゲーセンにもたまに行くようになった。

ハタチになって恋人が出来て、その人が一緒に遊ぼうとファミコンを買ってきた。
よく一緒に遊んだが、その人と別れた時、ファミコンともお別れになった。
というよりあのファミコンがその時どうなったのか、正直覚えていないのだ。

確かにゲームとの出会いは古いのだが、
現在のように毎晩コントローラーを持つようになったのは…。
こんなに救いようの無いゲーマーになったのは…。

あれは22歳のあの時だろうなあ、やっぱり。

 

あの頃の私は恋人と別れて、少しまいっていた。
ご飯も食べられるし、痛いところもないし、どうということは無いのだが、何か調子が変なのである。
歯を磨こうと思っているのに、なぜか洗面所に行けない。
普通に暮らしてはいるのだが、時々あたりまえの行動が出来なくなる。
洗濯物を取り込もうとして取り込めなくて三日干しっぱなしだった事もあった。

夜も全然眠れなくなって、こりゃイカンと気分転換に引越しをする事にした。
何を思ったか、とある雪深い田舎町に、アパートを借りたのである。
こういう状況で寒い町を選ぶあたりが、私は演歌チックである。津軽海峡冬景色チックである。

 

私は小さな割烹料亭をアルバイト先に決めた。
時給も安かったし、仕事内容もきつかったが、かまわなかった。
寒い町で、修行僧のような生活がしたかったのだ。

まず店の掃除をして、米を研ぎ芋の皮をむき仕込みをする。
店が開いたら、接客に洗い物に、息つく間もない。
店がハネたら、片付けをし暖簾をおろし、シンとした雪の夜道を一人帰っていく。

実際、修行僧のような生活であった。

 

しかし、調子が変なのは直らなかった。
仕事をしている時はいいが、アパートに帰ると何も出来なくなる。
私のその頃の唯一の楽しみはギターを弾いて歌う事だったが、
真夜中に帰ってきて、壁の薄いアパートでまさかギターをかき鳴らすわけにもいくまい。

給料が安いとはいえ働いているだけの生活なので、お金は貯まった。
しかし、お金が貯まっても、欲しいものが無かった。
給料を貰って、ギターをもう一本買って、生活費を取り分けたら、途方に暮れた。

二人でいる頃は、あんなに欲しいものがあったのに。

 

私はある休みの日、近所のおもちゃ屋さんに行き、ファミコン本体とソフトを二本買ってきた。

欲しかったわけではない。何故なのか今でもわからない。

 

ソフトの一本は、今でいう推理アドベンチャーゲームだ。タイトルが推理小説みたいだった。
私は推理小説が好きなので、まずこれをプレイしてみた。

……うーむ……?面白くない。わけがわからない。
推理物なのに、なぜ敵にやられてゲームオーバーになるのだ?

 

落胆しつつ、もう一本のソフトを手にした。
男の子が何かと戦っている絵のパッケージだ。
絶賛発売中!とお店にあったので、ついでに買ったほう。

ソフトを差してスイッチを入れる。

まず名前を聞かれて少し驚いた。
今でこそ当たり前の手順だが、その頃はごく単純なゲームしか知らなかった。初めての経験だ。
ドキドキしながら自分の名を入力した。

 

パッケージの絵をよく見ると、男の子が戦っているのは竜のようだ。

その上には、「ドラゴンクエスト」と書かれていた。

 

次の日から私は、スイスイ歯を磨けるようになった。洗濯物も取り込めるようになった。
早く洗濯物を取り込まなくっちゃ、ドラゴンクエストが出来ないではないか。
今日は新しいダンジョンにいくぞっ。武器も買うぞっ。面白くて面白くて仕方なかった。

ドラゴンクエストは結局3回クリアした。
4回目をプレイしようとして、この世には他のゲームもある事を思い出し、町に買いにいった。

そうしてアパートには、ゲームソフトが増えていった。
最初の推理小説もどきゲームのような思いをすることもあったしその逆もあったが、
なんにしても、段々と給料日と休みの日が楽しみになっていった。

 

当時私は、調子が悪いと思うだけでそれほど深刻な実感はなかったのだ。
しかし今思えばあれは、随分とマズい状況ではなかったか。

だから、あの時の幸運には本当に感謝している。してはいるのだが…うーん。

現在の私のゲームへのハマりっぷりを省みると、しみじみと思う。

あの時出会ったソフトが稀代の名作「ドラゴンクエスト」だったのは、ホントに良かった事なのかしら?

 

そんなわけで、私は救いようの無いノンストップゲーマーになり、現在に至っている。

物欲は尽きることなく、今日も欲しいものがいっぱいだ。ちなみに貯金はアリマセン。

 

 

本日の一曲:「氷の世界」井上陽水