2007年3月26日月曜日

真夜中の電話

 

かつて、私の家の電話は、真夜中によく鳴る電話だった。

仕事の時間帯のせいもあって、私は随分昔から夜型の人間だ。
それを知る友人達も殆どひとり暮らしだった事もあり、私へ電話は夜中にかかってくるのが普通だった。

しかし、人のイメージというのは、本人が知らぬ間にもなんとなく伝わっていくものなのだろうか。
そのうち、友人というほど親密ではない知人からの電話も、夜にかかるようになった。

そうして、私の電話は、間違いとセールス電話を除き、ほとんど夜中にしか鳴らなくなった。

 

ある日、知人から電話があった。時計を見ると、深夜2時近く。

その知人は、友人の「姉」であり、顔見知りではあったが、あまり話はした事がない人だった。
夜中の電話どころか、直接電話がかかってくる事自体、それが初めてである。

深刻そうな、少し低い声。 何事だろう?友人に何かあったのか? 私は、緊張した。

 

知人「ごめんね、遅くに。あなたなら遅い時間がいいって、妹が言ってたの思い出して。」

私「あ、ええ、かまいませんよ、もちろん。遅くじゃないと、私いませんし…。」

知人「それでね、何と言うか、困ってしまって。あなたなら知ってるかもって思って。」

私「はい?あ、えーと。何を、でしょう?」

知人「どうしても、わからないの。ラーの鏡ってどこにあるの?

 

私は、派手にズッコケた。

ラーの鏡。それは、「人の真実の姿」を映し出すという鏡。

ドラゴンクエスト2で初めて登場し、以後、ドラクエシリーズ定番となったアイテム。
神秘的で大好きなアイテムだ。 ああ、すぐ思いつく自分が哀しい。

知人は、会社では役職に就き沢山の部下を従えるやり手だが、密かにゲームを趣味としている。
つまり彼女は、ドラクエ2をプレイしていて、どうしても先に進めなくなってしまった。
夜中にラーの鏡を探して一人さよまい、悩みに悩んだ末、私に電話をかけるに至った…と推察する。

私は、実はこういう人大好きである。 そして、気持ちもわかる。

当時は、インターネットがまだメジャーではなかった頃で、もちろん攻略サイトなど無かった。
私も、「MYST」という難解なアドベンチャーゲームをプレイした時、心底困ったおぼえがある。
ある謎につまり、三日頭をかきむしった。四日目に至って遂に泣く泣くギブアップした。
四日間、もうMYSTの事しか考えてなかったと思う。
あの時私に「ヒント」を教えてくれる人がいたら、タクシー飛ばして聞きに行ったかもしれぬ。

私はなんでだかまだ取ってあった昔の攻略メモを引っ張り出し、細かいヒントを教えてあげた。

ふふふ。答えをズバリ云うほど野暮ではない。
上に書いたMYSTの件も「でも答えは聞きたくないな」と思っていた私。
ゲーマーの心は繊細でワガママなのだ。


「ありがとう、ああ、これで見つけられる。やっと眠れるわ~。」

深夜のゲーマーも、百年に一度くらいは、役に立つことがあるのです。

 

 

そんな微笑ましい?話も含めて、真夜中の電話というのは、「迷子」の電話が多かった。

途方に暮れている時の話は、真昼間の喫茶店より、真夜中の電話のほうが、似合う。
というより、「真夜中」のほうにこそ、人を迷わせる何かがあるのかもしれない。
そんな逢魔が時にパッチリ起きている私は、友人達にとってローソンみたいなものだったのかな。

 

泣いている電話。淋しがっている電話。怖がっている電話。何かに怒っている電話。

もっと深刻な、せっぱつまった哀しい電話。

 

しかしそれらは、ドラクエの電話と違い、私が何一つヒントを教えてあげられない電話であった。

一緒に水の中に引きずりこまれるように、「逢魔が時」をやり過ごす時間。

はた迷惑で、もどかしくて、それでいてちょっと愛しい不思議な時間。

もしかして、迷子は、私のほうだったのかもしれない。

 

 

今はもう、私の電話が真夜中に鳴ることは、無くなった。

当時の友達は、結婚したり、故郷に帰ったりして、大方が疎遠になった。

私も、ひとり暮らしではなくなった。

 

私の携帯電話は、もう四年近く機種を変えていない。
壊れかけだが、たいして不便でもない。あまり使わないからだ。
自宅の電話も似たようなもので、解約しても差し支えないくらいだろう。

 

みんな、迷子じゃなくなったのかな。 ラーの鏡は、見つかったのかな。


鳴らない電話を見て、ホッとしたような、淋しいような。

今夜も私は、ふと、複雑な気持ちになるのだ。

 

 

本日の一曲:「テレフォン・ノイローゼ」 甲斐バンド


 

 

2007年3月20日火曜日

上級生


高校生の頃、私より一学年上の先輩に、Yさんという女性がいた。


私の通っていた高校は商業高校である。

私は「美術部」に在籍していたのだが、Yさんは、同じ部の上級生だった。


商業高校というのは、基本的に校則が厳しいのではないだろうか。
社会への即戦力を持った人間を育成する義務、もあるのだろう。
二十数年も昔の事だし、その上ウチは田舎だった。もう十年昔のイメージで丁度、かもしれない。


そういう場所は、当然、上下関係にも厳しい。
その頃の生徒たちは、神のように、それはそれは上級生をおそれていたものだった。


中でも、このY先輩は、こわかった。
よく怒られたからこわかったのではない。むしろ逆だ。

無口で、穏やかな表情を持ちながら、圧倒的な存在感のある人だった。
めったに発言しないが、ひとたび発言すれば、自然に皆が耳を傾ける。


名軍師。 他の先輩達が、密かにそう呼んでいるのを聞いた。

下級生ばかりでなく「同級生」からも、おそれられているとは。



私の中で、ただの怖れは「畏れ」に変わり、「尊敬」になり、やがて「崇拝」になった。

私は、Y先輩のしぐさを真似ては、はしゃいでいた。似てる、と言われるのは、至上の喜びだった。
つまり残念ながら私は、実に自分の歳に相応しい、ただの十七歳の高校生であったようだ。




二年生の頃、私は、自分の学校の規則の厳しさに、疑問を持ち始めていた。
私は、規律を軽んじるつもりは無い。
しかし、校則を守らせるために一部の教師が執る行動に、気味悪さを感じていた。


今になって思うのだが、規律を重んじる世界というのは、宗教の世界に似ている気がする。
規律の基本は素晴らしいものであっても、その世界の上に立つ人間がそれをどう「解釈」するか。
そして、下の者にどう伝えるのか。どう教えるのか。どう執行するのか。
「基本」は不変でも、「世界」は形を変えてゆくのだろう。「解釈」は主観的なものだから。



パーマをかけてはいけない。 髪の毛を肩より下に伸ばしてはいけない。

なぜいけないのかは、よく分からなかったが、それが規律ならばと、一応その通りにはしていた。


ある日、私の同級生が泣いていた。彼女は、俗に言う「天然パーマ」であった。
その髪が「天然のウェーブ」である証拠に、赤ん坊の頃の写真を持ってこいと言われたと。
髪のウェーブがはっきり分かる赤ちゃんの頃の写真など、無い。
しかし、それを持ってこられないなら、校則を破ったものとするんだそうな。




ある朝学校へ着くと、校門の前に「定規」を持った教師が立っていた。抜き打ち検査だ。
私の髪はショートカットだったが、襟足が少し長かった。

「おい、お前。」 教師は、私の腕を乱暴に摑み、私の髪を強くひっぱって定規を当てた。


はっきりと、悪意を感じた。 これは、教えではない。 これは「魔女狩り」じゃないか。


ならばこの男は「師」ではない。この男から教わる事など何も無い。


礼を持たぬ者に、礼を教えてもらおうとは思わない。




ある秋の日、生徒会主催の「校則に関するディスカッション」なるものが行われた。
各クラスから代表一名と一部の教師が、校則について意見を交換しあうのだ。

しかし私は期待していなかった。生徒会主催ではあっても、一方的な「お説教会」になる気がした。
文句があるなら言ってみろ、という空気の中、リスクを負ってまで本音の発言が出来るものだろうか。
たとえ一部の教師にでも「問題児」の印象は与えたくない。「リスク」は決して軽いものではない。
卒業後即就職する生徒は特に、しかもその就職先が狭い「地元」だったら、なおさらだ。



なぜか、私はクラス代表で出席するはめになった。

ただ、期待はしてないといっても、一縷の希望がないわけではない。
尊敬する教師も、この学校にはいたからだ。

しかし、出席した「一部の教師」を見て、暗澹たる気持ちになった。
あの定規男をはじめ、日頃から、心馴染めない顔が並んでいた。


一縷の希望が消えて、ふらふらと席に着いた瞬間、目に飛び込んできた人物に仰天した。

このディスカッションの「議長席」に座っていたのは、Yさんだったのだ。

生徒会長の男子生徒も、ちゃんと出席している。
にもかかわらず「軍師」の方が議長席という事は、もしかしてこの会を「発起」したのは。



厳粛な裁判長のように、一切の主観を口にしない議長のもと、淡々と会は進んだ。
しかし、いくら裁判長が公平であっても、生徒側からは、無難で短い小声の発言しかなかった。


私は、何も言わなかった。

二年生の私が三年生を差し置いて、ましてや、話し合いなどする気の無い相手に何を言えと?

お説教からしばしば愚痴にまで脱線する、定規男のワンマンショー、であった。



騒音しか聞こえなかった場がやっと静けさを取り戻すに及んで、議長が、静かに告げた。
「…もう意見も無いようですので、そろそろ会を終わりたいと思います。」

だが、言葉は続いた。 「最後に、一生徒としての私の個人的な質問をお許しください。」


「髪を伸ばしてはいけない。パーマをかけてはいけない。生徒手帳に書いてある校則の一例です。
でもどこをみても、なぜいけないのか書かれていないんです。考えてみても、わかりませんでした。
なぜ、いけないのですか? 幼稚な質問ですが、先生方、どうか私に教えてください。」


この話し合いで初めて聞いた、人の声。



定規男が言った。

「君はそんなにパーマをかけたいのかな。
確かに幼稚な質問だ。困らせたつもりだろうが、それは子供の屁理屈だ。」



私の頭の中で、音がした。私が座っていた椅子も、遠くでガタンと音を立てたような気がした。


「答えは私もわからなかった。でも、質問の意味は五才の子供でもわかる。なぜ?と聞いてるだけ。
質問が幼稚だなんてとんでもない。子供でもわかるちゃんとしたやさしい言葉を使ってるだけ。
あんたは子供だってわかる言葉さえ、理解できてない。
ちゃんとした言葉に対して子供だってそんな無礼な返事はしない。

あんたはアホウですか?


その後の事は、覚えていない。






気がついたら、話し合いは終わっていた。


我にかえった私は、たった今自分がしでかした事を考えた。 そして、涙が出た。
後で職員室に呼び出される事も、問題児の烙印を押される事も、怖くはなかった。
ただただ、Yさんに申し訳なかった。


私が、滅茶苦茶にしてしまった。

Yさんは、あの短気な暴言を、きっと軽蔑しただろう。
頭に血が上って教師をアホウ呼ばわり。しかも人の話に割り込んで。それまで何も言えなかった癖に。


Yさんは、苦労して話し合いの場を作り、辛抱強くあの男の話を聞き、礼を尽くして問いかけた。

私は、はじめから放棄した。憎んだ。耳を塞いだ。唾を吐いてきた相手に、唾を吐き返した。


Yさんなら平和にできたかもしれない世界で、私はただ、戦争を起こした。




目の前に、Yさんが立っていた。

私は凍りついたが、固まってる場合ではない。とにかく、謝るんだ。

口を開こうとする私の顔を覗き込み、Yさんが先に、口を開いた。


「あなた、言うわねえ。」

そうして、嬉しそうに微笑って、私の頭を、撫でた。





三月の卒業シーズンになると、私は美術室を思い出す。あの、油絵のオイルの匂い。

Yさん達三年生が卒業式を迎えた日も、私はひとり部室にいた。

もう二度と、逢う事はないかもしれない。だから最後に一言、挨拶をしたかった。


卒業式当日の三年生は忙しい。でも、Yさんはきっと、部室に来るような気がした。

なぜなら、私が卒業する時は、最後に「此処」へ来たいと思うから。



誰かが階段を昇ってくる足音がして、部室の扉が開いた。 Y先輩だ。
予感していた事なのに、やっぱり私は驚いた。


「先輩、ご卒業おめでとうございます。今まで、ご指導ありがとうございました。」

今まで大きいと思っていた先輩の背丈は、私より頭半分、小さかった。


「ありがとう。あなたも、元気でね。」

そう言って、差し出された手も、思いのほか、小さかった。



私が卒業する時は、最後は一人で、この部屋を出て行きたい。

ここまで予感が当たったのなら、この予感も、きっと当たっているんだろう。
その邪魔はしたくない。淋しいけれど、それも礼儀だ。 私は、部室を後にした。



振り向くと、先輩は、美術室の空気を胸いっぱいに吸うようにして、窓から空を見ていた。

その横顔が、私にとっての、Y先輩の最後の姿になっている。




私は、もう、四十歳を過ぎた。

しかし、記憶の中の、十八歳の少女は、

今でも、上級生、のままである。




本日の一曲:「卒業」 沢田聖子

 

2007年3月9日金曜日

正反対の女(後編)

(正反対の女・前編中編からの続き)


私がプレイしているゲーム信長の野望Onlineは、同サーバーに三人キャラを持てる。(注・2007年当時)

一人目のキャラの基本モデルはうちの猫、二人目のモデルは私のツレである。

どうせだから三人目も作ろうとして、少々困った。
次は私自身がモデル、というのが順当だとは思ったのだが、
自分のキャラを作るのは、なんというか抵抗があったのだ。

オフラインゲームならともかく、他人様の前で自分自身にそっくりなキャラを動かすのか…。
モジモジ人見知りしてしまって、パーティになんか入れないんじゃないか…。


悩んでいて、ふと、うってつけの人物を思い出した。

ミユキ(仮名)である。

戦うため、に創った、もうひとりの私。


おお、こりゃーおもしろいかも。華やかな女陰陽師なんかどうだろう。
陰と陽。正反対の象徴を印に持つ、術のエキスパート。
何か因縁めいていて、ピッタリではないか。


「作り慣れている女」だけに、キャラメイキングはスムーズに進んだ。

あとで思えばこれが、あの女を私生活に持ち込んだ、初めての経験であった。



この世界での陰陽師は、他のゲームでいうところの「魔法使い」にあたる職になる。
強力な術で攻撃するのが基本なので、アタッカーとしての能力は高い。
だが、体力(HP)も防御力も低い。 しかも術を発動するのに、無防備な詠唱時間を必要とする。
自分を守ってくれる人なしでは、殆ど何も出来ない。ソロ戦闘は苦手なのである。


私は、ミユキに似せようと、このキャラでは友人を作らない事にした。
そして、人の少ない、すなわちパーティの組みにくい過疎国からスタートさせた。
本来、ひとりでは戦えない魔法使いを、である。

苦労してレベルを上げなんとかやっていけるようになった頃、思いきって国を出奔させた。
帰る所の無い、浪人にしたのだ。
あっさり故郷を捨てる恩知らずな女。いかにもあの女らしいじゃないか。


ゲームの主人公の役を演じるRPG(ロールプレイングゲーム)で、
ゲームの主人公に、「私」の役を演じさせたのだ。

しかもその「私」は、別の場所で、私が演じていた役である。なんともタチの悪い冗談だ。


こうして、戦国の世をひとりさすらう、誰かさんソックリの、冷たい魔女は出来上がった。



指先から力が解放される 氷の波が地を這い 容赦の無いうねりとなって敵の身体を覆い尽くす


しかし、この氷の魔女と旅をするうち、いつしか私は夢中になっていた。

幾度もギリギリの死闘を切り抜けるこの魔女に、歓声をあげ、喝采していた。


と同時に、「モデルになった女」の事を、頻繁に思い出すハメになった。
仕事を離れたら、敢えて考えないようにしていた、あの大嫌いな女の事を。


それはそうだ。わざと似せたんだから。どんな女だったか、自分で掘り返したんだから。
タチの悪い冗談が、皮肉にも、初めて真剣にあの女と向き合うための「鏡」になっていた。


ゲームの中で美化されたキャラを見るうち、都合のいい混乱をしたのかもしれない。
ただでさえ、過去というのは記憶の中で、美しい姿に形を変えるものだし。



それでもふと、あの女は、とても、可哀相だったんじゃないかなと、思う時があった。


魑魅魍魎のはびこる「戦国」を、たった一人で歩いていった女。 自身にさえも愛されず、か。


笑ってしまう。 いつしか私は、「あの女」を、好きになってしまっていたのだ。




途端に、何故だろう。

私は、「あの女」の痛みを感じるようになった。ずっと昔の、無かったはずの痛みを。



無理矢理眠らせたものが、ただ目を覚ましただけかもしれない。


私の代わりに闘った、幻の剣。 私を守った、幻の楯。 私が創り上げた、幻の檻。


消えた檻の中から、眠っていた子供がごろんと転がり出ただけ。



1プラス1は、2、じゃなかった。 最初から一人しか、いやしなかった。

私が嫌いだったのは、「あの女」、なんかじゃない。




今私は、ホステスを引退している。 十五年の、長い長い「RPG」は、終わった。

だからもう、あの女が、鏡に映ることは無い。



でも、きっと、どこかにいるんだろう。
二人いた人間が一人減ったわけじゃなし。
嫌いな方も好きな方も、強い方も弱い方も、別々にいたわけじゃなし。



あの頃の事を思い出すと、少し胸が痛む。
この長い長い文章を書いている間も、ずっと疼いていた。


でもまあ、しかたない。今は、この痛みに付き合ってみるとしよう。



あの女は、間違いなく、「私自身」だった。 ただそれだけの事なんだから。




本日の一曲:「DIAMOND CAGE」 中島みゆき

  

2007年3月8日木曜日

正反対の女(中編)

(正反対の女・前編からの続き)



ミユキ(仮名)は、疲れていた。

昨夜ゼルダの伝説を朝までプレイしたせいだ。だいたいあのラスボスは、強すぎる。

それにしても、酔いが回る。

ミユキはボーイを呼んだ。 「ちょっと。お水頂戴。あと灰皿も。」
仕事の手を止められて、ボーイは露骨に迷惑そうな顔で、グラスと灰皿を置いた。

 

ミユキには、お店に友人がいない。 お店には、というより「彼女」には、一人も。

 

うはあ、冗談じゃないっつーの。

下手に仲良くなって、休みの日に遊ぼうとか言われたら大変だ。休日くらいラクな姿でいたいわよ。

それに、休日はソフトを買いに行きたいし。思う存分プレイできる日だしね。
新しいパソコンも買ったから、今度はPCゲームもいいわね。

 

同僚のホステスがチラッとミユキを一瞥して、無言で通り過ぎる。

長い間一緒に勤めているが、客の席以外で、殆ど話をした事はない。

友人を作らないよう努めなくとも、心配はいらない。決して友人など出来はしないだろう。

 

ミユキは、感じが悪いのだ。

温かみ、とでもいうのだろうか。そういうものが全く感じられない女であった。

客には饒舌だが、店の人間とはあまり話したがらない。小馬鹿にしている風情すらある。
そういう裏表のある所も、店の人間の不信をかっていた。

 

しかし世の中とは面白いもので、温かみのないこの女が、かえって一部の客にはウケた。

本人にも意外な事に、「商品価値」が生まれたのだ。

 

店の誰もが持て余す偏屈な客は、ミユキの上得意様だった。

変わり者は変わり者同士、というところか。

その爆弾処理班のような役割を好んで引き受けるような所にも、少々の価値はあった。

 

商品としての価値を最も優先する店のオーナーママだけは、この女を大切に扱った。
が、むしろこのママこそが、胸の内ではこの女を嫌悪しているNO.1であったかもしれない。

せっかく家に招んでやったのに。店で孤立しているこの女を可哀相に思って。

「仕事以外の私的なお付き合いは、今後一切ご遠慮します。」だとさ。

何を考えているかわからない可愛げのない女。部下に持つには、嫌なタイプだろう。

 

あーあ、馬鹿馬鹿しい。店の従業員と話すのが私の仕事じゃあるまいし。

エネルギー使うのよー? このキャラはさー。

客がいない場所でくらい、いいじゃないの黙ってたって。
なんでアンタ達にサービスしなきゃなんないんだか。

 

「いらっしゃいませ!」ボーイが叫んだ。

新しい客のようだ。さて、またがんばらなくては。

ミユキは、いらっしゃいませ!と呼応するように叫ぶと、煙草を消し、客を迎えに立ち上がった…。

  


 

 

…えーと。まあ。その。

 

こんな感じの女を創ってしまったわけである。

休憩中にゼルダの伝説の事を考えているあたり、少々完成度の低いロボットと言わざるをえない。
持続させるのに気力は必要だったから、バッテリー切れも早かった。


が、逆の人格の仮面を被るというヤケクソの思いつきは、私に「生きる術」を与えた。

 

仕事で何があろうと、何を思われようと、私生活で気に病む事は無くなった。

というより、「あの女」でいる時間は、何かを気に病んだおぼえがないのだ。

別の女であればこそ、十五年以上もの長い年月、続けられた仕事。

確かに、正反対であったからこそ、バランス取りは成功したのだ。

 

 

しかし…別の人格であったからこそ。

引き換えに少々の副作用が生じた。

 

主観的に、生理的に、感覚的に。 私は理屈ぬきに、この女が嫌いになっていったのだ。


「ミユキ」を漠然と嫌っていた店の人たち。 なーんかヤな女だな、こいつ。

 

なんの事はない、私自身も、店の人間と同じ感想を持つ側にまわってしまったのである。

 

 

(正反対の女・後編につづく)

 

 

本日の一曲:「黄色い犬」 中島みゆき

  

 

2007年3月7日水曜日

正反対の女(前編)


もう引退しているが、「職業は?」と聞かれれば、今でもこれしか思い浮かばない。


私は、ホステスだった。

少し経験がある、という話ではなく、十五年以上の長い年月、この仕事一本であった。
色んな店に勤めたが、基本のホームグラウンドは、大阪の大歓楽街・北新地である。

自分の仕事に決して誇りを持ってはいなかったが、別に恥じてもいなかった。
しかし、私は自分の職業を人に明かすのが、とても苦手であったのだ。


理由は二つある。

一つは、信じてもらえないからだ。

私は見た目が男っぽい。遠目からだとオニーサンにしか見えないだろう。
しかも、頭の中はゲームの事でいっぱい。
こちらのほうはオニーサンというより、小学生男子、といった雰囲気。


いつだったか風邪をひいて病院に行った時の事。
真昼間にもかかわらず、私が「今日は仕事を休めないので」とか言ったからか、
なんとなしに質問された。

医者「お仕事は何を?」 
私「えー…。お水…いえ、ホステスです。スイマセン、ハイ。
医者「は?」
私「ですから。えーと。お酒を提供する、というかですね。あ、酒屋さんじゃなくてですね。あはは。
一秒後、医者は私の予想通り、目を丸くしてお叫びになった。「あなたが!?」ほっといて下さい。


でもそのパターンは、まだいい。
私がホントに苦手なのは、「私を少し知っている友人」に、職業を明かす瞬間である。


私が自分の職業をカムアウトすると、たいてい「……。」という沈黙が流れる。

「ってちょっwこの人オトコみたいだしホストならわかるけどていうかこの人顔濃いけど気弱いし暗いし人見知りだしなんかオタクだしそんな仕事できるわけな(略)」
…みたいな事を考えているのかなあ。 と私は暗く妄想してしまう。

長い「……。」の間、子羊のように怯える私はストローでコーラを飲み干す。
ズズ~~~とマヌケな音が喫茶店内に響く。

「あ、そうなんだ。で、こないだの話だけどー」とか話題を変えられてしまうと
なんだかノックアウトなのである。



二つ目の理由はシンプルだ。

その女(仕事をしている時の自分)が、嫌いだったからである。


今考えると不思議な気がするが、私にも「会社員」をしていた時期があった。

好きで選んだ仕事だったが、なんだか思っていたのと違う。仕事をしているとつらい。
仕事をなんとかこなしても、会社で嫌な事があると家に帰っても引きずってしまう。

挙句、身体と心のバランスを崩し、2週間で10キロ体重が落ちた。
やむをえず、休養のため、会社は辞める事になった。
その後どうにか似たような仕事に就いたが、結局、長続きはしなかった。



私は面倒くさくなった。


いっそ、私のロボットが、私の代わりに働いてくれたらいいのに。



この発想自体は、多くの人が一度は考えた事のある、らちもない夢かもしれない。

だが私は、あろうことか、この発想を「現実」にやらかしてみようと考えた。

こういうあたりが、私が自身を「暗い」と評する所以である。




少しだけ違うものより、正反対のもののほうが、バランスは取れるものだ。



ならば、私自身とは正反対の、強いロボットが、いい。
強い者だけが生き残れる、そんな職場が、いい。


そう考えた私は、生きていくために、正反対の女を創り上げていった。



ウェットをドライに。感傷的な心を無感動に。淋しがりやな弱い羊を一人で生きていける狼に。
念入りにメイクする。華やかな衣装に着替える。光る装飾品を武器のようにちりばめる。
仕上げに、大音量で音楽を鳴らし、気合を入れる。


さあ、戦場へ。


そして、それはなかなかに、面白いゲームだった。


(正反対の女・中編につづく)     



本日の一曲:「狼になりたい」 中島みゆき