2007年3月8日木曜日

正反対の女(中編)

(正反対の女・前編からの続き)



ミユキ(仮名)は、疲れていた。

昨夜ゼルダの伝説を朝までプレイしたせいだ。だいたいあのラスボスは、強すぎる。

それにしても、酔いが回る。

ミユキはボーイを呼んだ。 「ちょっと。お水頂戴。あと灰皿も。」
仕事の手を止められて、ボーイは露骨に迷惑そうな顔で、グラスと灰皿を置いた。

 

ミユキには、お店に友人がいない。 お店には、というより「彼女」には、一人も。

 

うはあ、冗談じゃないっつーの。

下手に仲良くなって、休みの日に遊ぼうとか言われたら大変だ。休日くらいラクな姿でいたいわよ。

それに、休日はソフトを買いに行きたいし。思う存分プレイできる日だしね。
新しいパソコンも買ったから、今度はPCゲームもいいわね。

 

同僚のホステスがチラッとミユキを一瞥して、無言で通り過ぎる。

長い間一緒に勤めているが、客の席以外で、殆ど話をした事はない。

友人を作らないよう努めなくとも、心配はいらない。決して友人など出来はしないだろう。

 

ミユキは、感じが悪いのだ。

温かみ、とでもいうのだろうか。そういうものが全く感じられない女であった。

客には饒舌だが、店の人間とはあまり話したがらない。小馬鹿にしている風情すらある。
そういう裏表のある所も、店の人間の不信をかっていた。

 

しかし世の中とは面白いもので、温かみのないこの女が、かえって一部の客にはウケた。

本人にも意外な事に、「商品価値」が生まれたのだ。

 

店の誰もが持て余す偏屈な客は、ミユキの上得意様だった。

変わり者は変わり者同士、というところか。

その爆弾処理班のような役割を好んで引き受けるような所にも、少々の価値はあった。

 

商品としての価値を最も優先する店のオーナーママだけは、この女を大切に扱った。
が、むしろこのママこそが、胸の内ではこの女を嫌悪しているNO.1であったかもしれない。

せっかく家に招んでやったのに。店で孤立しているこの女を可哀相に思って。

「仕事以外の私的なお付き合いは、今後一切ご遠慮します。」だとさ。

何を考えているかわからない可愛げのない女。部下に持つには、嫌なタイプだろう。

 

あーあ、馬鹿馬鹿しい。店の従業員と話すのが私の仕事じゃあるまいし。

エネルギー使うのよー? このキャラはさー。

客がいない場所でくらい、いいじゃないの黙ってたって。
なんでアンタ達にサービスしなきゃなんないんだか。

 

「いらっしゃいませ!」ボーイが叫んだ。

新しい客のようだ。さて、またがんばらなくては。

ミユキは、いらっしゃいませ!と呼応するように叫ぶと、煙草を消し、客を迎えに立ち上がった…。

  


 

 

…えーと。まあ。その。

 

こんな感じの女を創ってしまったわけである。

休憩中にゼルダの伝説の事を考えているあたり、少々完成度の低いロボットと言わざるをえない。
持続させるのに気力は必要だったから、バッテリー切れも早かった。


が、逆の人格の仮面を被るというヤケクソの思いつきは、私に「生きる術」を与えた。

 

仕事で何があろうと、何を思われようと、私生活で気に病む事は無くなった。

というより、「あの女」でいる時間は、何かを気に病んだおぼえがないのだ。

別の女であればこそ、十五年以上もの長い年月、続けられた仕事。

確かに、正反対であったからこそ、バランス取りは成功したのだ。

 

 

しかし…別の人格であったからこそ。

引き換えに少々の副作用が生じた。

 

主観的に、生理的に、感覚的に。 私は理屈ぬきに、この女が嫌いになっていったのだ。


「ミユキ」を漠然と嫌っていた店の人たち。 なーんかヤな女だな、こいつ。

 

なんの事はない、私自身も、店の人間と同じ感想を持つ側にまわってしまったのである。

 

 

(正反対の女・後編につづく)

 

 

本日の一曲:「黄色い犬」 中島みゆき

  

 

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