2007年3月26日月曜日

真夜中の電話

 

かつて、私の家の電話は、真夜中によく鳴る電話だった。

仕事の時間帯のせいもあって、私は随分昔から夜型の人間だ。
それを知る友人達も殆どひとり暮らしだった事もあり、私へ電話は夜中にかかってくるのが普通だった。

しかし、人のイメージというのは、本人が知らぬ間にもなんとなく伝わっていくものなのだろうか。
そのうち、友人というほど親密ではない知人からの電話も、夜にかかるようになった。

そうして、私の電話は、間違いとセールス電話を除き、ほとんど夜中にしか鳴らなくなった。

 

ある日、知人から電話があった。時計を見ると、深夜2時近く。

その知人は、友人の「姉」であり、顔見知りではあったが、あまり話はした事がない人だった。
夜中の電話どころか、直接電話がかかってくる事自体、それが初めてである。

深刻そうな、少し低い声。 何事だろう?友人に何かあったのか? 私は、緊張した。

 

知人「ごめんね、遅くに。あなたなら遅い時間がいいって、妹が言ってたの思い出して。」

私「あ、ええ、かまいませんよ、もちろん。遅くじゃないと、私いませんし…。」

知人「それでね、何と言うか、困ってしまって。あなたなら知ってるかもって思って。」

私「はい?あ、えーと。何を、でしょう?」

知人「どうしても、わからないの。ラーの鏡ってどこにあるの?

 

私は、派手にズッコケた。

ラーの鏡。それは、「人の真実の姿」を映し出すという鏡。

ドラゴンクエスト2で初めて登場し、以後、ドラクエシリーズ定番となったアイテム。
神秘的で大好きなアイテムだ。 ああ、すぐ思いつく自分が哀しい。

知人は、会社では役職に就き沢山の部下を従えるやり手だが、密かにゲームを趣味としている。
つまり彼女は、ドラクエ2をプレイしていて、どうしても先に進めなくなってしまった。
夜中にラーの鏡を探して一人さよまい、悩みに悩んだ末、私に電話をかけるに至った…と推察する。

私は、実はこういう人大好きである。 そして、気持ちもわかる。

当時は、インターネットがまだメジャーではなかった頃で、もちろん攻略サイトなど無かった。
私も、「MYST」という難解なアドベンチャーゲームをプレイした時、心底困ったおぼえがある。
ある謎につまり、三日頭をかきむしった。四日目に至って遂に泣く泣くギブアップした。
四日間、もうMYSTの事しか考えてなかったと思う。
あの時私に「ヒント」を教えてくれる人がいたら、タクシー飛ばして聞きに行ったかもしれぬ。

私はなんでだかまだ取ってあった昔の攻略メモを引っ張り出し、細かいヒントを教えてあげた。

ふふふ。答えをズバリ云うほど野暮ではない。
上に書いたMYSTの件も「でも答えは聞きたくないな」と思っていた私。
ゲーマーの心は繊細でワガママなのだ。


「ありがとう、ああ、これで見つけられる。やっと眠れるわ~。」

深夜のゲーマーも、百年に一度くらいは、役に立つことがあるのです。

 

 

そんな微笑ましい?話も含めて、真夜中の電話というのは、「迷子」の電話が多かった。

途方に暮れている時の話は、真昼間の喫茶店より、真夜中の電話のほうが、似合う。
というより、「真夜中」のほうにこそ、人を迷わせる何かがあるのかもしれない。
そんな逢魔が時にパッチリ起きている私は、友人達にとってローソンみたいなものだったのかな。

 

泣いている電話。淋しがっている電話。怖がっている電話。何かに怒っている電話。

もっと深刻な、せっぱつまった哀しい電話。

 

しかしそれらは、ドラクエの電話と違い、私が何一つヒントを教えてあげられない電話であった。

一緒に水の中に引きずりこまれるように、「逢魔が時」をやり過ごす時間。

はた迷惑で、もどかしくて、それでいてちょっと愛しい不思議な時間。

もしかして、迷子は、私のほうだったのかもしれない。

 

 

今はもう、私の電話が真夜中に鳴ることは、無くなった。

当時の友達は、結婚したり、故郷に帰ったりして、大方が疎遠になった。

私も、ひとり暮らしではなくなった。

 

私の携帯電話は、もう四年近く機種を変えていない。
壊れかけだが、たいして不便でもない。あまり使わないからだ。
自宅の電話も似たようなもので、解約しても差し支えないくらいだろう。

 

みんな、迷子じゃなくなったのかな。 ラーの鏡は、見つかったのかな。


鳴らない電話を見て、ホッとしたような、淋しいような。

今夜も私は、ふと、複雑な気持ちになるのだ。

 

 

本日の一曲:「テレフォン・ノイローゼ」 甲斐バンド


 

 

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