2007年6月18日月曜日

 

歴史物が好きである。特に日本の戦国時代に弱い。

戦国時代が好きだというと、よく知人達に、「意外だ」と言われる。
知人達の戦国時代のイメージは「男臭い、一騎うち、合戦、刀とか鎧、主君の為にとか何とか…」等々、なんとなーく体育会系の匂いがするらしい。

しかし、私自身は思いっきり文系タイプ。しかも性別は一応女。意外に思われるのも仕方ない。

自分の性格を細かく分析してみると…

小心者、神経質、争い事が嫌い、落ち込みやすい、人望ないので友達少ない、外で遊ぶよりお家で読書が好き、慎重すぎて石橋叩いてもナカナカ渡らない、それなのに追い詰められるとたまにとんでもないことをしでかす…と「文系」というよりタダの暗い人かもしれぬ。

そして、「決してリーダーになってはいけないタイプ」の人間である、という事だ。

考えたり調べたりする事は好きなので、平常時であれば丁寧にキチンと事を進められるのだが…、

とにかくピンチに弱い。そして大きなチャンスは逃がす。

準備万端のはずが、大事な時に判断を誤り、頭真っ白になる。ここ一番の大勝負にはなぜか勝てない、それが私なのだ。なんか書いてて情けなくなってきました。

 

さて、そんな私が好きな戦国武将は「明智光秀」である。(ここで笑った方は、戦国通。)

そう、あの「本能寺の変」の明智光秀。
彼が誰に対して何をしでかしたかは、さすがに詳しく書くまでもないだろう。

ファンであるからして、色々な本を読んだ。ドラマや映画もいっぱい観た。
そんなふうにたくさんの戦国ものに触れて思った事は、なんとまあ、作家や脚本家によってこれだけ解釈が違うものかということだ。
もちろん史実を基本としているが、その解釈は千差万別。
百の物語には百人の光秀がいるといっても過言ではないだろう。

そんなわけで、私の胸にも「私だけの明智光秀」がいる。
私が好きなのは、その「私のイメージした光秀」であって、実在の人物というより、もはや妄想キャラのようなものだ。
そんな自分だけの解釈と、人様の解釈を比べられるのも、歴史小説の面白い所だと思う。

 

 

以前、堺屋太一氏の「鬼と人と」を読んだ。

鬼と人と―信長と光秀 (上巻) 鬼と人と―信長と光秀 (下巻)

この小説は、「鬼」である信長と、「人」である光秀の独白が、交互に綴られる。
章ごとに、同じ時間軸の状況をそれぞれの視点で語らせる面白い手法だ。

ただ、堺屋氏があとがきで「主観性の強い天才を解き明かすには信長自身に語らす以外になく、その主観性を批判する記述を補うには秀才光秀の口を借りるほかはない」と書いておられるように、この小説の主人公はやはり信長だと感じた。

信長が「このキンカ頭が」と光秀を打ち据える有名なシーンでも、心の中で、ヤバいひっこみがつかなくなったぜ誰か止めんかコラ、みたいな事を思っていたりして妙に信長が可愛くて魅力的なのに対し、いつもビクビクしているだけの光秀は、ファンとしては少々哀しい。
「信長ヒイキしすぎ」「光秀情けなさすぎ」と何度かツッコミを入れてしまった。

つまり、私のイメージした光秀像とは少し違うのだが「その情けない光秀」の極めつけが、本能寺の変の後の最終章だ。

本能寺後ということはつまり、最終章に信長の独白は無い。光秀の独壇場である。

 

謀反人が誰かを知った信長が、瞬時に死の覚悟をしたほど「綿密」な男、明智光秀。

だが目的を達した後、全てが後手後手になっていく。

本能寺後、秀吉に討たれるまでの数日間、「またしても先を越された」と何度も悔悟の念に苛まれる光秀。
補佐役からトップに立った途端、それまでの彼からは考えられないほど稚拙な失敗を繰り返す。

彼ほど用意周到な男が事もあろうに「準備不足」で、泥のように破滅していく様は、背筋が寒くなった。

 

私は魅入られるように読んだ。光秀というより、自身の姿のように思えたのだ。

「いかがいたしましょうや、上様」

自らの手で討った主君の幻にそう問いかける姿は、胸を衝いた。

 

さっきも書いたように、光秀が本能寺の変に至るまでの心情の私の解釈は、この小説とは少し違う。

しかし、最終章は、私のイメージしている光秀像にかなり近い。

自らの意思で「敵」にした信長を最後まで、上様、信長様、と呼ぶその性格描写も、さりげなく見事だ。

最悪の敵。しかしかつては自身の「長所」を見抜いてくれた唯一の、最大の理解者でもあった恩人。

光秀の、信長に対する心情を想像すると、なんとも哀しい気持ちになってしまう。

 

本能寺では敗者の信長が、炎の中で、華やかといってもいい最期を遂げたのと対照的に、勝者のはずの光秀は、その後の山崎の合戦で敗走中、落ち武者狩りに遭って死んだと伝えられる。

一瞬とはいえ天下人となった男の最期としては、あまりにも無惨だ。

 

よく小説やドラマで、信長は「太陽」、光秀は「月」にたとえられる。

 

太陽を落としてしまった月。 光を消してしまった影。

光を無くした影は、もはや影ですらなく、そこにはただ闇があるだけかもしれない。

 

天下の知将明智光秀にわが身ごときを重ねるのは僭越に過ぎるが、私が光秀を好きなのは、彼の「弱さ」に共感する部分が多々あるからだ。

知将といわれた光秀が、なぜ本能寺「後」の事を考えなかったのか。

彼ほどの男が予測していなかったとは思えないし、予測していたとしたら、その後の戦略の稚拙さと準備不足はあまりにも彼らしくない。

色んな説が本になっている。
私はその色んな説を楽しく読み比べているだけのミーハー歴史ファンなので、どの説が正しいかは勿論分からない。

 

しかし、子供の頃から「太陽と月にたとえるならば、月」と評されてきた私は、ふと思う。

 

彼は、一度だけ太陽になってみたかったんじゃないかな。

だけど、自分は決して太陽になんかなれない事も、わかってたんじゃないかな。

決してなれないのに「なった後の準備」なんて、するわけないじゃん。


本物の歴史愛好家の方々に怒られそうな、そんな感想を持ってしまうのだ。

 

 

 

本日の一曲:「荒城の月」 滝廉太郎

 

荒城の月。
滝廉太郎作曲のその哀切な旋律はもちろん、土井晩翠の歌詞がまた素晴らしい。

荒れ果てた城を、淋しい月の光が照らす。
遠い昔、花の宴の栄華を照らした同じ月が。
情景を静かに綴りながら、栄枯の移ろいの哀しさを見事に表現した名曲。

重厚な男性の歌もいいが、私は女性ボーカルの安田祥子・由紀さおりバージョンが一番好きだ。
残念ながらこの方達の動画を見つけられなかったので、佐藤しのぶさんバージョンで。
この方の歌声もさすが美しい。
ただ私が一番好きな歌詞の三番がカットされているのが残念ではある。

思うに、
この哀しく美しい曲には、高く透明感のある声の方が「月の光」を感じるし、
情景を綴った客観的な演出には、武士ではない女性の声の方が却って胸に迫る気がする。

「今荒城の夜半(よわ)の月、変わらぬ光誰がためぞ」と問いかけても、
「垣に残るはただ葛(かずら)、松に歌うはただ嵐」のみである。 

 

 

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