2007年7月24日火曜日

言葉の達人

 

世の中には、初期状態や通常の品で事足りるが、お金を出せばもっと快適になる品物がある。
ある、というより、世の中で「商品」と呼ばれるものは、全てそういう仕組みになっているのだろう。

快適になるのならどれも欲しいところだが、勿論そうもいかない。むしろ購入出来ない物が大半を占める。

何にお金を出し、何を我慢するか、というのは、各々の価値観であり個性であろう。
大金持ちならともかく、大概の人は何かを選びまた諦めているのだろうし、それもまた人生の醍醐味かなと思う。

 

さて。私が今までなんとなく欲しいと思い続けながら、10年以上も購入に踏み切れなかったもの。

日本語入力システム。インプットメソット(IM)と呼ばれるものだ。

 

パソコンはもちろん、携帯電話やゲーム機にも、今は必ずといっていいほど入っている。
日本語を入力する時に、なくてはならないシステムだからだ。

パソコンに最初から搭載されているのは、窓PCなら「Microsoft IME」、林檎PCなら「ことえり」。

両機種持っている私は、必然的に両方使っていたのだが、なんというか…普通の歯ブラシを使いながら、やっぱり電動歯ブラシが欲しいなあと思っているような心持ちだった。
特に、ことえりちゃんのオトボケ変換には心和むものもあって嫌いではないのだが、
急いでいる時は和めない。

 ことえりの名誉のために言っておくと、昔のバージョンに比べれば飛躍的に賢くなってはいる。
だが、良くも悪くも「ことえりらしさ」を失ってはいないのである。

 

10年以上も悩むほど高い買い物でもなし、新作のゲームソフトを買うくらいの金額で購入出来るのだから、さっさと別のIMに乗り換えれば良かったのだが、そこは窓&林檎両刀使いの迷いがあった。
そう、両方乗り換えねばならないからだ。どちらか片方だけ入れても、却ってストレスが溜まるだろうし。

一度「EGBRIDGE」なるIMを購入直前までいったのだが、これは林檎機専用で窓版がなかった。
どうせ二本買うなら同じIMで統一したいし、何よりカスタムのIMでもきちんと単語登録すれば、充分に使えていたのだ。そしてダラダラと10年経ってしまったワケです。

 

 最近までそんな日本語入力ライフを過ごしていたのだが、ジャストシステム社が新バージョン「ATOK2007」を発売したのを機に、やっぱり買おうかという気持ちになってきた。
幸いこちらの方は窓版も林檎版も揃っている。そして軽い気持ちでフラフラと公式サイトを覗きにいって、とんでもないものを見つけてしまったのだ。

「ATOK2007 for MacWindows」ですって?しかも5000本限定ですって?
わかりました。このセット、私のためにある。

セットになっているだけあって、二本別々に買うより値段もかなり安い。
私が見つけたときはまだ発売されていなかったのだが、さっさと予約する事にした。
私のためにある!と思った人が、私以外に5000人以上いたらマズイからだ。

そんなわけで、私はやっと、10年来の迷いに終止符を打ったのであった。

 

さて、使用感だが、やはり快適である。日本語をよくご存知、である。
機能が豊富なだけあって自分好みの環境設定にするのには時間がかかったが、一度設定してしまえば、打てば響く心地よさだ。
この長文変換は、ことえりちゃんならオトボケどころよねえ、という文章でも、ソツなくこなす。

このソツのなさと真面目さ。私の好きな明智光秀のようである。謀反は起こさないでほしいが。

 

中でも私が感動したのは、学習機能だ。

ワケあって、牛鬼(ぎゅうき)という言葉を入力した。
どんなワケがあってそんな言葉を入力したのかは説明が難しいので省略するが、とにかく入力する必要があったのだ。

さすがのATOK光秀もこの言葉を一発変換は出来なかった。「牛貴」となってしまった。
これは仕方ないと思い、「牛」を確定した後、「貴」を「鬼」に換えた。するとどうだろう。
ATOK光秀は「貴殿が今入力したこの牛鬼なる言葉を、ぎゅうきで変換できるよう登録なさるか?」と聞いてきたのだ。(注:実際にATOKはこのような口調ではありません) 

二度と入力しない言葉のような気もしたが、なんだか勢いに負けて単語登録してしまった。
なのでこの文章中も「牛鬼」が快適に入力できる。

 

あともうひとつ、推測変換という機能。

これに関しては、携帯電話やWiiの文字入力にすでに使われていたので驚きはしなかったが、私はケータイであまりメールを打たない。
メールは大体PCで済ますので、早い話がケータイの入力システムをほとんど使っていなかった。
便利でもあまり関係なかったのだ。(余談だが、多くの携帯電話やゲーム機に、なにげにATOKがカスタム搭載されている。それはいいけどPCにもカスタムで搭載してもらえないものか。)

ワケあって、玉鋼(たまはがね)と入力した。
どんなワケがあってそんな言葉を入力したのかはやっぱり説明が難しいので省略するが、「た」と入れるだけで玉鋼が候補に出るようになった。
なんだか嬉しいが、再び入力する機会は訪れるのだろうか。


しかしここまで賢いと逆に、ATOK光秀が言葉に強いこだわりを持つ、何か人間くさい存在に思えてくる。
「私に知らない言葉があるなんて、誇りが許しませんから」と思っているような人。
ますます光秀に似ている気がしてきた。
好き嫌いが分かれそうなタイプだが、私はこだわりの強い人は、割と好きである。

人は誰でも、どこかの分野で多少なりともマニアに属するものと思っているので、誰かが得意な分野の事を熱く語り始めるのをみると、微笑ましい気分になるのだ。
たとえば、子供が自分の好きな事を一生懸命話す姿は可愛い、と思う感情に似ているかもしれない。
しかし、大人がやると痛い場合も多いので、ホントに可愛いかは人による。

 

 そうかー。知らない言葉があるのはイヤなんだな、それならば、というので、思いっきりマニアックな言葉を入力してみた。

黒漆塗五枚胴具足(くろうるしぬりごまいどうぐそく)
これならどうだ。伊達政宗の甲冑だ。戦国ファンか某ゲームユーザーしか知らないぞー。

…結果は、「塗」に「り」がついただけで、ほぼ完璧に変換した。うーむ、たいしたものである。

 

じゃあ、これは。

伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足(いよざねぬいのべほとけまるどうぐそく)
これは某ゲームにも出てこないし、私も読めなかった。というか今も読めない。

いや、ちょっと待て。ふりがなと漢字が合わない。「栗色革包」の部分はどこへいった。
少し調べてみたが、やはり読み方は合っている。
栗色革包である事をほっといてもいいものだろうか。

…気を取り直して、ATOK光秀に頑張ってもらった。
伊予座縫い述べ仏丸胴具足。惜しい。伊予と仏丸胴具足は合っている。
しかし栗色革包はやはりスルーされている。この機会に単語登録しといてあげよう。

 

こんなふうにインプットメソットで遊んでいるのは楽しいが、なんだか本末転倒という気もする。
でも、まあいいか。遊ぶという点なら、ことえりの変換もやっぱり味があって面白い。
効率だけにこだわらず、時々は切り替えて使って、和ませてもらおう。

 

 

こんな事をやっているくらいだから、私は「言葉」が好きだ。

人でいうなら、「言葉に魂のある人」が好きだ。


俳句や詩などは、私の憧れの分野である。

本当の「言葉の達人」は、実はシンプルな言葉を使う。

変に難しい言葉を選ばず、短い言葉で何かを表現出来る。 そう、私と反対のタイプ。

そういう人は、話を聞くのも上手だ。相手の話に対して、シンプルだが、心のこもった言葉で応える。

それは、簡単なようで、難しい。


言葉を理解する事は、心を理解する事だと思う。

相手の言葉では語られなかった部分をも「推して」知り、返す言葉もまた、洗練された「変換」を経る。

つまり、変換以前に、相手の心を理解できなければならない。こればかりは「人」にしか出来ない。


本当の日本語の達人は、「翻訳家」だと聞いた事がある。

なるほど、自分の心情でも難しいのに、他人の言葉を、他人の心情を、限られた言葉で代わりに表現するのである。しかも他国の言語を。

何より、決して「自身」が強く顔を出してはならないのだ。

かといって、機械的な作業だと割り切れば、きっとその言葉達は死んでしまうだろう。
文章を書くのに、これだけ難しい条件があるだろうか。

 

名文を書くより、名訳をする方が難しい。

頭のいいインプットメソットと遊んでいるうち、そんな事を考えてしまった。

 

話を聞き、理解し、心のこもった言葉を返す。

入力(Input) 変換(Convert) 出力(Output)


ただ、それだけの、シンプルなこと。

 

でもこれが、本当の言葉の達人なのかもしれない。

 

 

本日の一曲:「愛の言霊 ~Spiritual Message~」 SOUTHERN ALL STARS

 

私が音楽の世界で天才だと思うのはモーツァルトと美空ひばりなのだが、
桑田佳祐という人もそうじゃないかな、とにらんでいる。

 この人の曲は、言葉との融合が傑出している。
初めはナンセンスな言葉の羅列に思える歌詞が、メロディがついた途端、
「これでなくてはならない」言葉に思えてくる。

それに驚いて改めて歌詞を読むと、この人がとんでもない「言葉の達人」だとわかる。
 

「生まれく叙情詩(セリフ)とは 蒼き星の挿話 夏の旋律(しらべ)とは 愛の言霊…」

この歌の言葉達も、「音」が加わって初めて息を吹き込まれる。

 この言葉の達人は、物書きではなく、音楽家を選んだ。 まさに天職。

こういう歌は、いくら頭で考えても作れないんだろうなあ。きっと宇宙からの言霊なのだ。

 

 

 

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