2007年9月8日土曜日

愛するという意志

 

「愛は、意志の力だと思う」と、その人は云った。

 

遠い遠い昔、恋人だった人が、私に告げた言葉だ。


そして、別れる事もまた、意志の力が必要だと、その人は続けた。

意志を伴わない愛を貫くのが困難なように、愛情が残っているのに、別れる意志を貫くのはきっと困難だろうと。

 

私はモノクロの景色を眺めるように、どこか気持ちの遠い所で、その言葉を聞いていた。

なぜなら、それはつまり、「さよなら」の言葉だったからだ。


「でも、もう、決めた」 と、その人は、静かな凛とした声で、最後に云った。


そうして、その人は遂に意志を貫き、私たちはそれぞれ「一人」になったのだ。

 

 

私は長い間、「愛は意志の力だ」という言葉の意味がわからないでいた。

そして、この言葉に、少なからず反発を感じてもいた。

愛情は意志とか決意とかそういうものではなかろう、もっと自然に湧き出てくるものじゃないのか。
好きだという自分の感情に、ただ素直でいればいいんじゃないの、と。

愛情が残っているなんてまどろっこしい事を云わずに、ただ、嫌いになったと云えばいいのに。

意志の力を借りなければ愛せないという意味ならば、愛してくれなくてもいいよ。


あの言葉の意味がおぼろげながらわかってきたのは、それから二十年近く経ってから。
つまり、恥ずかしながら、かなり最近の事なのである。

 


少し前に「誰も知らない」という映画を観た。

誰も知らない
誰も知らない


カンヌ映画祭で、柳楽優弥くんが史上最年少で最優秀男優賞を受賞した事でも有名な映画だが、
実際に起こった「子供置き去り事件」を元に描かれたこの物語、観る前に覚悟をしていたものの、
やはり重い重い気持ちにさせられる映画であった。

 

まずは、物語の母親に言いたい。この大バカヤローと。

それを最初に叫んでおかないと、この女の立場になって考えてみる、という気持ちになれないのである。

世間から子供の存在を隠して生活し、好きな男が出来たら子供達からトンズラとは。
隠されていた子供たち、その存在を誰も知らない子供たちは、たまったものではない。

この母親に同情する余地はないが、私が愕然としたのは、この母親がこの女なりに「子供たちを愛していた」という事である。

貧しいながらも、じゃれあっているかのような微笑ましい会話をする、家族の食卓のシーン。

この女は、子供達を「好き」なのだ。 


それを知った時、私は思わず、つぶやいた。

でも、それは「愛」じゃない。 そして同時に、自分の言葉に戸惑った。

じゃあ私は一体、何が「愛」だと云うつもりなのだろう。

 

この母親は、私は幸せになっちゃいけないの?と問う。
事もあろうに、自分が捨てようとしている息子に向かって、それを問うのである。


恋愛関係に置き換えれば、よくある話かもしれない。

息子達は好きだが、新しい恋人はもっと好き。何がいけないの?
アナタの事は好きだけど、アノヒトの事はもっと好き。何がいけないの?

親子という状況であったからこの母親の無責任さに憤りをおぼえる。
が、この女が「母親」でなかったとしたら。

感心できる話ではないが、許せない、とまで思っただろうか。

少なくともこの女は、自分を「親」と思っていないフシがある。
息子を「一人前の男」と見て頼り切っているような印象さえある。
自分はか弱い「女」であり、男に「幸せにしてもらう存在」だと。

そんな心の幼稚さが悲劇の要因なのだろうが、もうひとつ私は、この女には決定的に欠けているものがある、と感じた。


この女の愛には、愛するという「意志」が、全く無いのだ。

 

私には、子供はいない。
だから、親の視点に立つ事は難しい。が、子供の視点で考える事は出来る。私もかつては子供だったから。


私の母は今でいうシングルマザーで、生活も、豊かではなかったと思う。
母は親子して生きるために仕事を優先していたから、家の事が後回しになる事も多かったし、私が熱を出しても、仕事を休んだりできなかった。

若い頃心臓の弱かった母は、自分に万一の事があった時のため、密かに「遺言書のようなもの」を書いていた。
私は子供の時何かの折にヒョッコリそれを見つけ、誘惑に勝てず読んでしまった。

おそらく伯母(母の姉)に宛てたものだろう、「娘の未来を頼みます」というような言葉が綿々と綴ってあったのだが、字は下手だけれども「強い意志」の込められたその手紙を読んだ時、あの大雑把な母のどこにそんな深い想いがあったのかと、心底驚いてしまった。それからチョッピリ泣いてしまった。

え~、お母さん、黙ってたけど、アレ、盗み読みしちゃいました、ごめんなさい。


私は、母が帰ってこない事を心配した日は一日もない。

それは、なんと幸せな子供時代だったのだろうと、今にして思う。

 


ところで話は変わるが、現在の私の伴侶(ツレ)は、決して、熱烈な恋の果てに…とかいう相手ではない。
ロマンティックな事も、ドラマティックな事も、あまり無かった。初めてデートしたのもゲームセンターだった。


でも、私が生まれて初めて、この人と一緒に生きてみよう、と思った人だ。

愛とは自由なもの、心のままに形を変えてゆくもの、と思っていた私が、初めて「変わらない明日」を考えた相手である。

 

そんなツレとも、もう十年。四年前に家族に加わった猫と共に、今日も平和に生きている私。

「ねえ、私らが万一交通事故にでも遭ってさー、二人とも一緒に死んじゃったらマズくない?」
「そっか、遺言書いとこう、全財産お譲りしますから、どうかどうか猫をよろしくって。えーと、誰に書く?」

自分たちだけでなく、猫の未来も心配で、真剣に遺言の文面を考えたりしている。

その変な遺言書の白羽の矢が立った気の毒なお友達の方、こんな私らはきっと大丈夫だから安心して下さい。

 

 

そんな生活の中で、ふと昔を思い出す。

「可愛いがってるだけ」で、病気になって様子がおかしいのさえ気付かなかった、昔の愛猫のこと。

「好きだから」何でも許してくれると、傷つけていることさえ気付かなかった、昔の恋人のこと。


私はあの映画の母親とは違う。断じて違う。 しかし、よく似ていた、のかもしれない。


昔の私は誰かとの「未来」を真剣に考えた事など無かった。

自分の感情だけには忠実な、垂れ流しの愛だった。

私の愛には、「意志」が無かった。


だから、あの人は、さよならを云ったのだ。

 

 

こんな風に考えるようになるなんて、私も年をとったってわけかな。

心のままに生きる人生にも、やっぱり未練はあるかな。


とはいえ今だって、心のままに生きてる、といえなくもない。 

もう十年先も、今と同じ場所で、同じ人の横で笑っていたい。それは、心のままの想いだ。


若い自分を思い出すと、甘くて、切なくて、ちょっぴり羨ましいけど。

 

でも、いいんだ。  もう、決めた、のだから。

 

 

 

本日の一曲:「古い日記」 和田アキ子
  

 

 

 

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