2008年4月25日金曜日

間の悪い人

  

なぜ、よりによって、こんな時に?

私ほど、人生でこの言葉を多用した人間はいないのではあるまいか。

 

一ヶ月ほど前の話であるが、私のプレイしているオンラインゲームが大型アップデートをした。
新章である。普通のゲームでいえば、シリーズの新作発売みたいなものか。

胸躍らせて、3月26日始動、のその時を待っていたのだが…。

ところで、私は「Tomb Raider」(以下、TR)というゲームの大ファンである。
それはもうなんというか、世の中で一番好きなゲームである。
伝説のTRシリーズの1が、装いも新たにリメイクされると知って、一年位前から日本での発売を首を長くして待っていた。日本ではあまり人気がないゲームなので、日本語版は出ないかも…あきらめて英語版をプレイしようかと迷っていた所へ、遂に発売が決定されたのである!ヤッター!

発売日、3月27日。 あ。

そして、冒頭のセリフを叫ぶ事になるのです。

 

一般の人の例でいえば、会社で普段は締まり屋の上司が珍しくお寿司を奢ってくれるというので家に「今日はご飯食べて帰るから♪」と電話したら「今日はカニ鍋だけど?」と言われた気分…という感じでしょうか。一日ズレていれば天国なのに。
いや、TRの場合一日ズレてはいるのだが、ゲームの世界では一日ではダメなのだ、二ヶ月くらいズレてくれないと。

で、結局どっちをプレイしても、片方が気になる…といった感じで、両方中途半端なまま現在に至っている。
どっちかでもちゃんとプレイすればいいのに、何を思ったか、ずっと以前にクリアしたボードゲームとかをプレイしている始末。あげくに、4ヶ月もほったらかしにしておいたブログをよりによってこんな時にどうしても更新したくなった。あきらかに混乱しているといえよう。我ながら自分の行動がわからない。
上のお寿司&カニ鍋の例でいえば、どっちにしようか考えているうちに、うっかり駅前のマクドナルドのダブルバーガーを食べてしまった感じか。

  

しかし、この程度の間の悪さは、私にとっては些細な事だ。

思えば幼稚園の時、楽しみにしていた運動会の直前に盲腸炎で入院したのをオープニングに、私は半端じゃなく「間の悪い人生」を送ってきた。運動会当日、病室から眺めた空は青かったなあ…。

 

大人になってから、なぜ、よりによって、こんな時に?と本気で叫んだのは、今から十年と少し前、長年付き合っていた恋人と別れた日だった。
私の心を映したかのような、激しい雷雨の日であった。

早い話が、人生どん底の日、である。酒でも飲んで布団被って泣きたいのである。

なのに電話がかかる。全く別々の友人から、何故か「恋の悩み」とか「進路の悩み」とか「会社での人間関係の悩み」とか、なんとなく深刻な電話がひっきりなしにかかってくるのだ。相手が深刻なだけに私もつい真剣に話を聞いてしまう。

でも、相手が深刻なのはわかるが、どう考えても私の方が不幸な状況だった。
この状況で私が「人生悪い事ばかりじゃないよ?」と誰かをなぐさめてる図というのは、我ながら可哀相…。

そんな謎の電話がなんと、その日に計九件。(しかも予期せぬ来客が、あの雷雨の中二件)

一日三回電話が鳴っても「今日は電話多いな」と思う私の日常なのだ。
この記録はダントツで、現在も破られてはいない。

 

ところで、世間で「雨女」とか「雨男」とか呼ばれている方々は、ある意味で「間の悪い人」だと私は思う。
個人の力で天候を変えているとは考えにくいので、要するに「実は雨が降る運命の日に、雨が降ったら台無しになるような予定をワザワザ入れてしまう間の悪い人」という解釈、である。

もうお気づきでしょうが、私はキョーレツな雨女でもある。

いや、雨女なんてカワイイものではない。私が旅行などしようものなら、になる。

普段めったに乗らない新幹線が、私が乗ると嵐で止まる。
一時的に止まるレベルではなくて、もう運行の見込みが立たないので強制的に降ろされちゃうクラスです。
しかも乗っていたという事はそれまで普通に走っていたワケで。つまり初めは晴れていたワケで。
私が乗ったから嵐になったのを認めるしかあるまい。数えてみたらそんな事が今まで四回あった。

以前ツレと飛行機に乗った際、天候のせいでやたらめったら揺れた。
だから飛行機は苦手なのだが、苦手なせいでそれまで乗った経験が少ない。
慣れてないから少しの揺れも大げさに感じるのだと思いたくて、飛行機をよく使うツレに「今までで一番揺れた飛行機ってどんなだった?」と聞いたら、しばらくの沈黙の後「これ?」と返された。あれ以来、今度こそ飛行機に乗れなくなった。

学生時代、修学旅行やら遠足やら、楽しい行事はことごとく雨だった。
というか、前記の人生どん底の日が雷雨だったように、楽しくない行事も、とりあえず常に雨だった。
なのに、盲腸で入院してた幼稚園の運動会は晴れてたあたりが、何やら私のその後の人生を示唆していた気がする。

 

頑張って隠していたが、遂に友人達が私を「嵐を呼ぶ女」だと噂し始めた。
その友人達と待ち合わせたある晴れた日、私が待ち合わせ場所に着いた途端どしゃぶりになったのが決定的だったかな~。
拍手喝采を受けたが、もう誘ってくれなくなったし。

 

 

しかし…沢山の嵐の思い出の中でも一番キョーレツだったのは、四年ほど前、田舎の母が入院した時である。

 

私の故郷は山陰なのだが、現在は大阪に住んでいる。
母が手術することになって、母の見舞いと看病に田舎に車で帰ったのだが…。

モチロン、来ました、嵐。というか、大雪。

関西にお住まいの方、少し思い出してみて下さい。雪がめったに降らない大阪ですら、ここ十年単位で考えてもブッチギリの大雪が降った日、ありましたよね? その日です。

大阪でさえそんな記録的な大雪の日に、寒い寒い山陰に向かうというのである。
車で帰るのは危ないのだが、新幹線も飛行機も当然止まっているので仕方ない。
当日ツレが知人に「車で山陰へ行く」と言ったら、死にたいの?と怒られたそうだ。

よく災害系のパニック映画などで、主人公が「逃げている人々とは逆方向、つまり災害の中心部へ向かうシーン」があるが、アレを想像していただきたい。

運転してくれているのはツレだったのだが、最初こそ特殊な状況になんか盛り上がっていた私らも、中心部(豪雪地帯)に近づくにつれて口数が少なくなっていった。
人は真にピンチの時には、無口になるものらしい。
途中何度か本当に遭難するかもと思いながら、通常五時間で帰る道程を九時間位かかって帰った。

故郷のモスバーガーに着いて飲んだ熱いコーヒーは、生きてる!という感じがして美味しかったです。
(まさかこんな日に営業してないだろうと思ったのに、ありがとうモス。店員さんも同じ事思ってたみたいで、客が来てビックリした様子であった)

ちなみに、母が手術するというので、親戚の人達も見舞いに来る筈だったのだが、地元に住んでいる伯母以外で、なんとか病院にたどり着けたのは私らだけという凄まじさだ
ここらへんも映画「ポセイドンアドベンチャー」とかを連想させる。


 

母の手術中、少し一人になりたくて、病院の中庭に出て、懲りもせずに降り続く雪を見ていた。

もしも万に一つ、母にもう逢えなくなったら、私はこの雪を心底嫌いになるだろうな、とボンヤリ思った。


なぜ、よりによって、こんな時に降るの?


でも、悔しいけど、綺麗だなあ、とも思った。

 


一年後には、母の方が関西に来てUSJで遊びまくるほど、元気になってくれた。

雪を嫌いにならずにすんで良かったけど、もう二度と同じ経験はしたくない。

 

ああ、私の間の悪い人生は、これからも続くのだろうか。 

たまには晴れの日に旅行をしてみたい。こんなにささやかな願いなのに。

 

どなたか強烈な「晴れ系」の方、いらっしゃいましたら、どうかどうか私を打ち負かして下さい。

 

 

 

本日の一曲:「たどりついたらいつも雨降り」 ザ・モップス