2010年9月26日日曜日

ラストペンギンとは?


解説しよう。

その前にまず、ファーストペンギンについて知らなくてはならない。

ご存知の方も多いだろうが、ファーストペンギンとは、本来慎重な気質のペンギン達の中で、餌を得るため真っ先に危険な氷の穴に飛び込む無謀勇敢な者のたとえ。

最初に飛び込むのであるから、敵に出会って逆に餌にされてしまうリスクを負うのだ。

そういった場合、「あ、だめだコリャ」といった感じで、様子を見ていた他の仲間はわらわらと去って行くらしい。
我らの世界でこれを「人柱」ともいう。

 しかし、そういう勇者がいてこそ、後に続く仲間も餌にありつけるのだ。いや~ありがたい事である。
まあ仲間に押し出されちゃっただけ、という説もありますが…。


それならば、ラストペンギンとは? 

そう。最後までモジモジしているヘタレちゃんの事である。

行こうか行くまいかオロオロ迷った挙げ句、結局餌に食いっぱぐれる情けないペンギン。
その決断力に欠ける性格は、とても他人とは思えないのである。

そのわりに、なんか「ラストサムライ」みたいで響きがカッコイイので、今回のブログタイトルにしました。

以前のブログが閉鎖になり、タイトルも変えた事だし、心機一転ゼロからスタートのつもりが、 ホントに記事がゼロで寂しかったため、いくつか昔の記事を引っぱって来ちゃった。今更加筆修正とかもしちゃった。

この往生際の悪さこそ、LAST PENGUINの名に相応しい。


ところでペンギンの話でふと思ったのだが、これってセカンドペンギン一番オイシイ立場だよなあ…。

2010年5月27日木曜日

GIFT

 

私には、心の底から長生きして欲しいと願う命が、三つある。

 

一つは、母。

もう一つは、うちの猫。

そして、あと一つは、伯母、である。

 

うーん。この中にツレも入れるべきなのだろうが…
アイツは日本が沈没しても生きてる筈なので、特に願わなくても大丈夫だろう。
なにより、死は年の順というのが一番理に適っていると思うので(猫は仕方ないが)、この場合、若い世代(含私)は候補に入らない。まあ…とりあえず今んところは。


 

伯母は、母の実の姉で、一人っ子の私からすると「姉妹というものはいいものだなあ」と羨ましくなるほど、本当に仲がいい。

母は、社交的で温厚。楽しい事大好き。おもに芸能界情報に精通していて小栗旬のファン。つまり、悪く言うと少々軽い。
伯母は、無口で短気。喧嘩っ早い。女性ながら侠気(おとこぎ)のようなものを感じさせる人。しかし、悪く言うと少々頑固。

これだけ性格の違う二人が姉妹だというのも不思議だが、この二人がなんでだか大変ウマが合うらしいのだ。

 

伯母の名前は「フジコ」という。

幼い頃はもとより、今でも、母と話をしていてこの名前が出ない事はない。
「フジコ姉(ねえ)がこの間」「フジコ姉が言っとったけど」「フジコ姉と…」
てな感じで、母はとにかく、フジコ姉が大好きなのだ。

 

フジコ姉は、正義の人である。

筋の通らない事、卑怯な事は、決して許さない。弱きを助け、強きをくじく。

役所のお偉いさん相手に丁々発止の大喧嘩をしたり、
女の子を虐める近所の悪ガキ共をぶっ飛ばしたり、
とにかく、武勇伝には事欠かない。

 

フジコ姉には、女、男、男の順で三人の子供がいる。
子供といっても、私にとってイトコになるこの人たちは、三人とも私よりずっと年上である。

長女にあたるイトコが若い頃ちょっとばかりイカス不良だったのだが、現在はもちろんオバサンだ。
ヤンママならぬ、ヤンババというべきか。
当時の不良少女によくある早婚で、彼女の娘(つまり伯母の孫)が私とたった二つ違いなのだから驚きだ。
私が中学生の時、まだ二十代だったと記憶している。ある意味、さすがはフジコ姉の娘、タダモノではないのだ。

この「まあアタシも昔は色々とヤンチャしたもんだよ」といった風格漂うオバサンが、
実母であるフジコ姉がやってくると、高校生のように、吸っていた煙草を隠すのである。
それを見た時、フジコ姉って、なんかすげえ、と思った。
私だったら、小学生のように、慌ててゲーム機を隠さねばならないところだろう。

 

そしてまた、フジコ姉は、大変元気なオバアサンである。

驚くなかれ、彼女は齢八十を越えている。
なのに、真冬の雪降る町中を、薄いジャンパーと七分丈のズボンで、飄々と闊歩する。
周りの人々(含私)は、ドラえもんのように丸々ぷくぷくと厚着のシルエットなのに。
七分丈なのでバッチリ素脚が出ているが、全く寒くないらしい。
私はこの姿を見た時、「ああ、この人と駆けっこしたら負けるな」と思った。(繰り返しますが彼女は八十過ぎ)

 

 

そんなフジコ姉に、今年の母の日、生まれて初めて、ちょっとした贈り物をした。

事の発端は、ツレの「伯母さんにも、贈ろうよ」の一言だった。

母の日。云われてみれば全く違和感がなかった。何故なら、伯母は私のもう一人の母だからだ。

 

 

私の母が私を身籠もった時、母には二つしか選択肢がなかった。

私を産んで一人で育てるか、私を産まないか。

その選択肢に「父親」が含まれない理由は、シングルマザーの多い現代に生きる方々なら、なんとなく理解して頂けるだろう。

現在でも、女一人で子供を抱えて生きていくのがどれほど厳しい事なのか。
ましてや、四十年以上も大昔の、おまけに保守的な田舎町である。

 

さすがに軽い明るい性格の母も困り果てていたところへ、正義の人フジコ姉は、こう言い放ったらしい。

私が育てる、と。

 

手助けするとか、力になるから、とかではない。

私が育てる、ですよ? なんて男前な。


その言葉に勇気づけられて持ち前の軽い明るい性格に戻った母は、なんとかなるさと、出産を決意した。

もちろん母は「その言葉に勇気づけられて子供を育てる覚悟ができた」のであって、決して育児を放棄したわけではない。

しかし無口で頑固なだけあって、いったん口にした言葉は必ず遂行する正義の人フジコ姉。

母が仕事に行き、私が幼くてまだ留守番も出来ない頃、私はいつも伯母の家にいた。

伯母の作ったご飯を食べ、伯母にお風呂で身体を洗って貰い、伯母の子供達と兄妹のように過ごした。
伯母は、行儀が悪いとイトコ達と同じように私を叱り、お祭りになれば私に浴衣を着せ、綿アメを買ってくれた。

確かに、私には、この伯母に育てられた時間があるのだ。

 

 

先日、電話があった。

相手は私の名前を呼びかけた後、いきなりこう云った。 「誰か、わかる?」

この人から電話があるなんて人生で数えるほどしかない珍しい事だったが、
私の名を呼び捨てにする年配の女性の声。母以外では、もう極々限られていた。


私「うん、わかるよ。」

伯母「あのな。えーと。ありがとうな、あれ。母の日。ぷれぜんと。」

私「ううん。」

伯母「今度こっち帰ったらな、ウチに来い。」

私「うん、行く。」


そんな、なんともぶっきらぼうな会話で、短い電話は終わった。

 

電話を切った後、なぜか私は、小さい頃長く通っていた眼科を思い出していた。

三歳位の時、汚い手で目をこすりでもしたのだろう。私は酷い結膜炎を患っていたらしい。
歯科、耳鼻科は子供が怖がる病院の筆頭だと思うが、昔はそれに眼科も含まれていた。
最近の治療は目薬を使う程度で痛くないらしいが、昔は、瞼を直接ひっくり返されたり、注射されたりしたのだ。

眼科に行く前の恐怖だけは、今でもぼんやり憶えている。
私は、母の手を握りしめ、怖くて泣いていた。
順番が来ても、母に抱きついたまま、なかなか診察室に入れなかった。

 

しかし、今になって、その記憶が急に鮮明になったのだ。

あれは、母ではない。私が握っていた手は、母の手ではない。

仕事の時間が不規則でしかも忙しかった母が、毎日のように病院に私を連れて行ける筈はない。

 

私が抱きついて泣いていたのは、伯母だ。

私の手を握って、長い間眼科に連れていってくれていたのは、伯母だった。

 

そんな事を、唐突に思い出していた。

 

 

あと何回、母の日に贈り物が出来るのだろう。

どうして、こんな年になるまで、一度も思いつかなかったのだろう。

伯母は、確かに私のもう一人の母だったのに。

ツレの一言がなければ、ずっと思いつかないところだった。なんとも信じがたいほど、薄情な子供だよなあ。

でも、まあ、いいか。思い出したんだから。

 

来年も再来年も、その次の年も、二人の母に贈り物をしよう。

 

フジコ姉は、不死身の正義の味方だし。

母は母で、無敵のミーハーばあさんだし。

 

あれ? なんだか、あと二十回くらい行けそうな気がしてきた。

 

 

本日の一曲:「ラ・カンパネラ」 フジ子・ヘミング

フジ子・ヘミング。

「聴力」に障害を持つ奇跡のピアニストとして、
クラシック界では異例ともいえる大ブレイクを巻き起こしたので、ご存知の方は多いと思う。

リストとショパンを得意とし、中でもリストの「ラ・カンパネラ」は圧巻。
ピアノ曲の中でも超難度のこの曲を怒ったように弾きこなす。
大胆に、かつ、繊細に。荒々しく、かつ、美しく。
「上手い」というより「圧倒的な何か」で聴衆を魅了する仏頂面のオバサンである。

また、大変な愛猫家でも知られ、「あなたにとってピアノとは?」の問いに
「猫を食わせていくための道具」と返した話は有名。
やっぱりねぇ、偏屈で頑固なオバサンなんだろうなあ、たぶん。
FUJIKOという名の女性はこの手のタイプが多いんでしょうか。
でも、いいの。そんなFUJIKOが大好きよ。
ゴーゴーFUJIKO、遠慮なく、どうかそのままやっちゃって下さい。